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あれこれ

愛知県高校野球界のレジェンド・名将と甲子園準V選手が語る。あの日、あの時の高校野球

今回は、夏の高校野球100回大会を記念して愛知県高校野球界のレジェンドたちに強豪校の知られざるエピソードを存分に語ってもらいます。プロ野球の第一線で活躍する選手たちの高校時代、甲子園で生まれた伝説の試合、チームの裏側など気になりますよね?

キャッチネットワークの高校野球中継の解説者としておなじみの中村豪さんと大矢正成さん。中村さんは、イチロー選手などを育てたことでも有名で、愛工大名電高校の監督として春夏あわせて甲子園に5回出場。大矢さんは、第59回夏の甲子園に東邦高校の捕手として出場し準優勝しています。

打倒3強!練習、練習、また練習

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まず語っていただくのは、強豪校の名電で長く監督を務めた中村さん。

「私がOBの推薦を受けて出身校である名電の監督に就任したのは昭和53年(1978年)。当時は、東邦・中京・享栄の3強時代。名電に来るのは3強に行けなかった子が多くて、選手たちからコンプレックスを取り除くことから始めなくてはならなかったね。なので、とにかく練習漬けの毎日だよ。『これだけやったんだから負けるわけがない!』という気持ちを植え付けようとしたんだ。夜遅くまでノックして『球が見えない』などと選手が言おうものなら『心の目で取れ!』なんてどやしつけていたな(笑)」。

血まみれ工藤、勝利を呼ぶ気迫の投球!

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愛知県大会で優勝した時の胴上げ写真

「監督2年目の時、中学時代から注目していた工藤公康(現・福岡ソフトバンクホークス監督)が入学してきた。野球は抜群にうまいんだが、口の減らない生意気な子だったよ(笑)。でもリーダーシップがあり、彼の時代はチームの結束が固かった」。

「印象に残っているのは3年夏の県予選5回戦の東邦戦。バッター工藤が右目にデッドボールを受けて血まみれになり、交代させようと思ったんだが『こんなことで終わりたくない!』と続投を志願するんだ。気迫の投球で東邦に勝ち、最終的には甲子園にも行けた。この経験がなければのちの工藤の活躍はなかったかもな」。

すでに異次元!?高校生イチローの発言

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「もうひとり強烈だったのは平成元年(1989年)に入学したイチローだね。最初に『僕をプロの選手にしてください』と言ってきたのには驚かされたよ。成績はオール5というくらい頭がよくて、教えたことが全て頭に入っている。それに、放っておいても自分から熱心に練習するから、特に何も言わなかったな」。

「3年夏の県大会決勝で東邦と対戦したんだが、彼がチャンスで敬遠されて負けたのには腹が立ったな。けれど当の本人は『甲子園に行かず注目されないままプロに指名されたほうがいい』なんて、さっぱりしたものだったよ」。

入学早々大揺れ!どうする1年生?

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続いて大矢さんには選手視点でのお話を。強豪・東邦高校に入学したものの順風満帆ではなかったようで...。

「中学時代はピッチャーで、けっこう活躍しましたよ。地元の県立高校に進学するつもりだったんですが、僕のバッティングを見た東邦の阪口慶三監督が『どうしても君と甲子園に行きたいんだ!』なんて勧誘に来るものだから、純な少年はすっかりその気になっちゃった(笑)。ところが入って間もない頃、ある事件が起きて一年間対外試合禁止になってしまうんです。部員は半分以上辞めるし、モチベーションも上がらない。甲子園を目指せる状況じゃありませんでした」。

ライバル撃破に導いた監督のキツイ一言

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昭和52年(1977年)第59回大会の準優勝メダル

「しかし、出場停止を共に耐え忍んできた私たちのチームワークは抜群で、昭和52年(1977年)、3年夏の県大会で決勝に進出しました。相手は優勝候補筆頭の名電です」。

「それまで名電とは4戦して全敗していたんですが、試合前、阪口監督が選手を集めてこんなことを言ったんです。『いろいろ作戦を考えたが、お前らに勝てる要素はないわ』。まあ、選手を奮起させようとわざと言ったんでしょうけど、みんな頭に血がのぼりましたよ。燃えた私たちは、6-1で宿敵を破って優勝です。キャッチャーだった私は4打点に盗殺3つ。甲子園よりこの試合のほうが思い出に残っているかもしれませんね」。

準Vなのに名古屋をパレード!?

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「その甲子園では、大活躍した1年生ピッチャーの坂本佳一君が熱狂的な人気を集めました。"バンビ"と呼ばれた坂本君目当ての女性ファンが殺到し、試合後は球場の警備員さんと一緒にガードしたり、彼に届いたファンレターを整理したり...って、こっちは先輩だぞ(笑)。決勝では東洋大姫路と対戦し、1-1の延長10回裏にサヨナラスリーランを浴びて準優勝に終わります」。

「しかし、帰郷すると名古屋駅から名東区にある学校まで沿道を群衆が埋め尽くしているというので、学校バスをパトカーが先導してくれて信号機も止めて、なんだか優勝パレードみたいでしたね」。

今年は愛知から2校が甲子園に!

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今年は記念大会ということで愛知県からは東西1校ずつの出場となり、チャンスも広がります。「悔いを残さないよう全力でプレーして欲しいですね。」とお二人とも選手に対する思いは同じ。今から開幕が待ち遠しい様子でした。

愛知県東西の代表校2校を決める第100回全国高等学校野球選手権記念東・西愛知大会。決勝戦は、東愛知が7月26日(木)、西愛知が27日(金)に行われる予定です。(取材:内藤昌康)

中村豪さんプロフィール
昭和17年(1942年)名古屋市生まれ。昭和53年(1978年)から平成9年(1997年)まで愛工大名電高校の監督を務める。
在任中に春夏合わせて甲子園に5回出場し、多くの選手をプロに送り出した。現在は西尾市吉良町に在住し、近隣の高校で指導している。

大矢正成さんプロフィール
昭和34年(1959年)一宮市生まれ。東邦高校卒業後は法政大学、国鉄名古屋鉄道管理局(現JR東海)でプレー。
平成9年(1997年)から平成14年(2002年)までJR東海野球部の監督を務めた。現在は、NHK甲子園中継の解説者も務める。

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